エッセイ

耿さんの日々

生き物の匂い

チップが死んでから我が家に笑いが消えた。チップとは、飼っていたシーズーの名前である。子供たちにとっては格好の遊び相手、かみさんには腕白な赤ん坊だった。主のいなくなった寝床に、子供たちが作った厚紙の位牌と写真が飾られ、食べられるはずの無い餌が供えられて、子供たちは寝る前に手を合わせて成仏を祈り、かみさんは無言で写真を眺め時々涙を流していた。帰宅しても重々しい。そんな日が一ヵ月ほど続き、家の中から生き物の匂いも消えた。休みの日に大騒ぎして掃除する手間は無くなったが、同時に活気も消えた。
「悲しんでいても仕方が無い。新しい犬でも見に行くか」
かみさんに提案しても、
「そんな気になれない」
心の傷はなかなか癒えないようだった。思い切って、
「もう位牌は片付けよう」
誰も反対する者はいなかったが、背中に冷たい視線を感じた。

やがて半年が過ぎた。子供たちはすっかり元気になったが、かみさんはまだ夢の中に時々現れると言う。買い物の途中にペットショップを覘く余裕は出来てきたものの、
「耳が違うよね」
「鼻の潰れ方がそっくりだ」
記憶の中から消し去るには遠かった。

一年と少し経った頃、かみさんが珍しく浮きうきして、
「お友達の家でパグの子が生まれたんですって。そしたらとても可愛くて、欲しくなって」
そこで、子供たちも交えて家族会議となった。
「お母さんが良いなら、いいよ」
子供たちの総意がまとまった。私にも異存はない。

ところが、とても母犬から離せる状態では無いらしく、引き取りは一ヶ月ほど先と決まったらしい。かみさんはその間何度か通った。時には子供たちも連れて行った。

ある夜、遅く家に帰ると居間から大きな笑い声が聞こえてきた。入ると子犬を囲んで大はしゃぎである。忘れていた生き物の匂いが漂っていた。やれやれ、また掃除が大変だ。でも、どうやらこの匂いが我が家の活気の源泉らしい、と受け容れることにした。