エッセイ

耿さんの日々

スナック菓子の香り

寝る前にちょっと一杯とビールの栓を抜き、棚の中を探したらスナック菓子を見つけた。開けると青海苔の香りが漂い、深く嗅いで口の中に放り込んだら思い出が蘇ってきた。 「あの時は大変だったなあ」  声に出すでもなく呟き、もう一掴み食べた。

今年の春、三月十一日のこと、大地が激しく揺れたあと街は津波に襲われた。私の会社の構内にも水が押し寄せて資材や車が流され、一時は海に完全に取り囲まれたのである。

私は燃料屋を経営していて、災害の時にはまず需要家先の安全を確認しなければならない義務を負っている。水が引いて一段落したら使える車を探して社員に振り分け、さっそく出動を命じた。今夜は遅くなりそうな予感がする。会社に残った人に食料の買い出しを頼んだら、調達してきたのが山ほどのスナック菓子だったのである。
「他のものはもう売り切れでした」

考え付くことは誰でも一緒らしい。それでも構わない。帰ってきた社員に好きなだけ振る舞い、私も一袋確保して貪り食べた。

被害は予想よりはるかに大きく、港では陸に船が打ち上げられたらしい。停電が回復せず、その日はそれ以上居ても手の打ちようが無いので、社員の一部を会社に残して他の人には帰ってもらったが、次の日からが大変だった。点検すればするほど被害が膨らみ、いつになれば治まるのかと嘆いた。社員は本当によく動き、休む時間も無くあちらこちらと夜遅くまで需要家先を走り回ってくれた。口にしたのは殆どこの菓子ばかり、たまにお握りやパンでも手に入ろうものなら、素晴らしいごちそうだった。三日間、そんな日が続いた。

ビールをもう一口飲み、菓子をほおばった。この香りは社員の仕事への情熱の証である。しょっぱい味と磯の香が心を引き締めた。思わず頬が綻んで、涙が湧いて出た。