エッセイ

耿さんの日々

いびつな足

「また、買ってきたの」

かみさんがけらけらと笑う。こちらもニコッと笑って返し、おもむろに箱から新しい靴を取り出した。履いてみて部屋の中を歩き回って具合を確かめ、それでも、 「何日か試してみないとよく分からないね」。首を捻ると、かみさんは呆れてさらに笑う。いつものことである。

私の足は平均的な形よりは幅が広いらしい。自分ではそう思っていないのだが、現実に、先の尖った流行の靴だとそのうち足が痛みだして指の付け根に血が滲むことがある。また筋肉が衰えたのか重いものだと腰に痺れが走ることもある。そんな時は馴染みの整骨院で治療してもらう。すると先生が、 「忙しいから疲れがたまっているんでしょう」。優しく言ってくれるので敢えて説明はしないけれど、本当は靴が原因なのである。 店先で試してすぐに分かればいいのだが、しばらく使ってみないと実感できないからどうしようもない。柔らかくて軽く、幅も4Eかそれ以上のものを選ぶようにはしている。時々わざと大き過ぎるものを買ってインソールを入れることもあるがそれでも合わなければ一週間も経たないうちに支障が出てくる。そんな時は新品のまま捨てて新しいものを買い直すことになる。

「オーダーでぴったり合ったのを作ればいいじゃない。高いけれど長持ちして、結局は経済的よ」。かみさんが諭すように言う。実はもう既に経験済みである。結果はやはり合わず、もったいないと悔しい思いをして捨てることになってしまった。それ以来既製品で間に合わせることにしている。幸いにも柔らかくて軽いものには一体成型で大量生産された安価なものが多く助かっているが、歩き方の悪さもあってか踵の減るのが早く、大体一年も持たない。だからしょっちゅう買い替えることになってしまう。

今回買ったのは黒いウォーキングシューズで、次の旅行で少しばかり長い距離を歩くことになりそうだからそれに合ったものを選んだ。だが足慣らしをしておく必要がありそうだ。でないと、旅行中に痛みだしたら悲惨である。明日からでも履けるようにと紐を結び、仕舞おうと下駄箱を開けて驚いた。ブーツやパンプス、ハイヒール、私のも無い訳ではないが殆ど女もので満杯である。息子二人が進学して家を離れ、以来ほぼ十年の間私とかみさんと娘、男一人と女二人の生活が続いている。そう言えばこの間家族の一員になった子犬も雌である。すっかり我が家も女性に凌駕されてしまったようだ。そのうち何とかしなければ、しかしどうすればいい……。

取りあえずは新しい靴を玄関の隅の方に、こっそりと置いた。