幼馴染みが、大阪から八戸まで約千キロの距離を越えてやって来た。四十年以上昔、重いリュックを背負ってハイキングやキャンプをした仲間で、今回来たのはそのうちの二人、一人は私より六歳上、もう一人は七歳下である。当時は大きな差だったが今となっては誤差範囲内のようなもの、お互いにどんな異変が体に起こってもおかしくない年齢になっていた。稀にメールや葉書を交換しているとは言え記憶の糸を手繰るのに手間取るのではと心配したが、顔を会わすなり、
「津波のニュース聞いた時は吃驚してんで。死んだんちゃうか思た」
懐かしい訛りが転がるように響き、とたんに私の口もタイムスリップした。
「死んだら堪らんわ。まだまだ元気やで」
すると言い方がきつかったのか、
「怒りなや。僕かて一時死にそうになったんや。それからはもう、やりたいことは今やるて考え方変えた。せやから話聞いた時、すぐ来ることにしたんや」
若い方の訪問者は去年病気で倒れ、その後遺症で現在はゆっくりでなければ歩くことができないらしい。それから比べれば、時々どこかが痛くなる程度の私などまだ幸せなものである。不自由な足で、それでも好奇心は少しも衰えていないらしく瞳を輝かせている。
「津波の痕見たいな。それと……」
名の知れた観光地が次々に飛び出してくる。前もって調べて来たようだが、その貪欲さには舌を巻いた。
「一日や二日ではとても無理、青森は大阪の何倍も広いんやから。それより、ここは魚がおいしいで。まあ存分に味おうてや」
予約してあった店に連れて行き、地酒で、まずは再会を祝して乾杯、共通の友達が話題に上るとその人に乾杯、失敗談が出てきたら厄払いで乾杯、成功談があればもちろん乾杯、何度も何度も繰り返してすっかり酔っ払い、とても二軒目に行ける状態ではなくなった。
次の日は八甲田へ。紅葉が盛りだと新聞に出ていたから間違いないと自信はあったが何しろ天気が悪い。車を急がせてロープウェイの乗り場についたら、案の定強風のため運行中止である。
「あかんわ。折角来たのにもったいない」
「ちょっと待ってみるか。何やったらどっかにテント張ってもええやん」
「こんなとこで野宿でけへん。寒うてたまらんで」
騒いでいると運転手氏が、
「城ヶ倉に行きましょう」
なるほど、その手があったかと急いで引き返した。けれど道路が渋滞でなかなか車が進まない。空は、晴れたかと思うと時々暗い雲が流れ、雨の降る前に見てもらいたいと気が揉めた。ようやく橋の真ん中まで来ると、運の良いことに突然陽が射し、山肌一帯が絵具箱をひっくり返したような鮮やかな色に染まった。
「うわっ、うわっ、うわっ」
友人達は大はしゃぎ、
「ものすごい綺麗やんか。こんなん京都や奈良の奥に行っても見られへんで」
「今年は気候が悪いからこれが最高やろな。でもこんなんやない、まだ七十点ていうとこかな。こっちに来てもう三十年近いけど、ほんとにええのはまだ二、三回しか見てない」
思い入れたっぷりに言うと、
「ほんまかいな。また来年も来よかな」
カメラで何枚も撮ると今度は携帯に持ち替え、メールで誰かに送っている。
「返事来たで。私も行きたいやて」
「大歓迎!」
どうやら来年も時間を超えた楽しい再会を期待できそうである。幼馴染みたちの顔が次々に浮かんだ。年を経てどんな顔つきに変わったか、その時が待ち遠しい。
「枯れる寸前が一生で一番美しい」
とでも言ってやろうか。いや、そんなことを言ったら袋叩きにされそうである。
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