耿さんの日々[その六]
『感性』で勝負
「今年のスケジュールが決まりました」
朝礼が終わった後、プリントアウトした紙を二、三枚持って、実行委員長が私のデスクにやってきた。皆を纏めたという自信からか、笑顔を浮かべている。こちらも笑顔で迎え、ざっと書類を眺めた。会場の準備から片付けまでの時間配分、商品の配置やそれぞれの持ち場の担当者などが書かれてある。概ね去年と同じ内容なので、
「今年のポイントは何なの」
「今まであまり取り組んでなかったのですが、今年は乾燥機を売り込もうと考えています」
「上手くいくと良いね」
「頑張ります」
私は燃料販売を営む中小企業の社長を務めている。前社長の縁続きで就任したのだが、会社では毎年秋口に展示会を開いていた。それまで展示会の指揮者は十年以上同じ人で内容も担当も変わらず、売上額も一進一退で、反省会では悪い所ばかりを盛んに取り上げ、担当者の言い訳を聞き、最後は指揮者の、
「俺が居なければ、誰も何もやらない」
の一言で総括となった。社員もそれほど熱が入らず、『恒例のイベントだからやっている』くらいの意識でしかなかった。
数年経って、思い切って指揮者を変えた。
「私にできませんよ」
新しく指名した社員は難色を露わにした。
「あなたに責任を押し付けないから。もし実績が落ちたら、それは全部変えた社長の責任。今までと同じでなくて色々変えて良いから、驚くようなことをして頂戴」
そして全社員に訓示したことはたった一つ、
「どうやったら良いか、それを自分たちの頭で考えて行動を起こし、結果を見或いは評価を聞いて改善と次の行動に繋げること。一回で結論を出そうなんて思わないでください」
二年くらいは前任者の顔色を見ながらやっていた新任者も三年目からは思い切ったアイデアを出し始めた。暖房需要開拓を目標に新しい料金体系を作った時は、
「器具を買ってもらわなくても良いから、まず使ってもらうことを最優先にしましょう」
と貸し付ける方法を取り入れたり、チラシのアイデアで広告会社と交渉したり、
「年に一回機器を見せただけで買ってもらおうなんて虫が良すぎます。小さな展示会をこまめに開いて、何度も見てもらいましょう」
とまで言うようになった。ずいぶん逞しくなったものだ。私からアイデアを押しつけることはせず、社員から出てきたことはできるだけ実施するよう心掛けた。反省会の時も悪いことは話題に出さず今後への改善点くらいに取り上げ、良いところは大いに褒めた。
数年すると、
「指揮者を変わろうと思うんですが」
と言ってきたので、
「もう疲れたの」
と訊くと、
「若い人にチャレンジしてもらいたいんです。できる人は育ってます」
自信たっぷりに言うので、
「思うようにしてください」
次の年には新しいリーダーが指揮を執り、今年また変わった。なんだか、指名されるのを楽しみにしている社員も出てきたようだ。展示会を、面白いことをする場と考える社員が増え、昔と比べると社内の空気が明るくなっている。
どうやったらお客様の心にアピールするか、それを『自分の頭で考え行動する』ことを私は、『感性を磨く』とも表現している。『感性』は正直言って若い人の方が豊かなことが多いが、具体的な行動に繋げるには多少の工夫や経験が必要だろう。そこには高齢者の出番も必ずある。今、それを理解できる人材が会社に増えつつあって、とても嬉しい。
燃料業界は冬場が勝負。毎年十月から三月までの期間の売り上げが四月から九月までに比べて二倍もあり、この期間どれだけ消費を増やすかに会社の命運がかかっている。
私も六十九歳、そろそろ社長交代の時期だが、指名したい候補が複数いて、誰を選ぶかが目下の悩みである。