エッセイ

耿さんの日々[その六]

肺炎騒動

 中国武漢で発生した肺炎の流行に、このところ日本の国内は騒ぎが収まらない。絶好の素材と、マスコミやスマホのニュースはその話題ばかりを扱って煽り立てているからなおさらだ。ヨーロッパやアメリカではクルーズ船の対応を中心に報道されているようだから病気そのものはまだ流行ってはいないのかも知れないが、北米の一部には中国人が頻繁に訪れる地域もあるのだから、上手に水際でくい止めないと次に非難されるのはあなたの国ですよ、と言ってやりたい。

八戸での影響はどうだろうか。まだ感染者が確認されてはいないらしいが油断は禁物だ。中国の人が多く訪れるという八食センターの人に聞けば、
「来る人はだいぶ減りました。でも大陸からの人は、もともとあまり買い物をしてくれないので売り上げには響いていません」
 ということらしい。中国の人が買い物をするのは今でも量販店で、その実態は変わらないようだ。中心街を歩いてみても中国の人が減ったのかどうか、以前からだれが日本人でだれが中国人や韓国人なのか見分けがつかなかったから、よくは分からない。

マスクをつけて歩いている人は確実に増えた。ウィルスを持った人がくしゃみをしたときにマスクをつけていたらウィルスの飛び散り方が少ないという効果はあるらしいが、すでに飛んでいる空中のウィルスはマスクくらい簡単に通り越すのだから、着けていれば万全と思っているとしたら、その人は間違いも甚だしく、気休めに過ぎない。

二月に開いている八戸液化ガスの取引先が集まる新年会も中止になった。毎年百人前後集まるが、東京から来られる方が十数人いるため広域で多数の人が集まる会を自粛しろという政府や業界団体の要請を受けてのことで、楽しみにしておられた方には申し訳ないことだった。その要請のせいか、当社だけでなく、三月や四月に予定されている元売りや機器メーカーの全国会も、中止や再検討という情報が頻繁に入っている。

かかったらおっかないから、ニュースが出回り始めた今年の初めから、私は東京方面への出張を全部キャンセルした。四十代の頃は、世界中に病気が流行っても私は大丈夫という自信があった。それだけ体力も気力も充実していたからだろうが、今から考えれば、全く根拠がなく自惚れだったと言わざるを得ない。でも五十を過ぎてから経験したいくつかの病気や怪我のせいで、今では流行ったら真っ先にかかるのではと不安になり、危ない所へは近づかないように心掛けている。それでも我が儘ばかり言ってはおれず二月の下旬に仙台と青森へ一度ずつ出かけた。私が恐れるのは行った先でなく、新幹線だ。どんな人が乗っているのか知れたものではないから、効果が薄いことは百も承知でもせめてマスクをつけることは忘れないようにした。車内は空席が目立っていたが、見れば乗客のほとんどがマスクをつけている。まるでそれが社会常識とされているかようで、政府の言うことにわが国民は従順だと、席に着いてから可笑しさにマスクの下で忍び笑いをした。列車が出発してすぐ、同じ車両の離れた席でくしゃみが聞こえた。体が自然に反応して、伸びあがってそちらを見たら、ほかの乗客も同じ方向に目を向けていた。すると、くしゃみをした本人は周囲の視線を感じたのか、立ち上がってデッキに消えていった。賢明なことで、いればいつまでも要注意人物と白眼視されていただろう。その人が扉の向こうに消えるのを見届けて、もう一度マスクの下でくつくつと笑った。でも、私だって周りからどんな目で見られているのかわからない。マスクだけでなく、毛糸の帽子をかぶりコートの襟を立てて、いかにも不審者の風体である。よく見ればみんな似たり寄ったりで、もし何か事件が起こればいい加減な噂やデマが一気に広がっていつパニックに発展するかも知れず、車内には疑心暗鬼が渦巻いていた。こんな時はなるべく目立たず大人しくして、何か騒ぎがあっても中心に取り込まれないようにしているのが得策というものだ、と考えて到着までの時間は、寝たふりをして過ごした。