エッセイ

耿さんの日々

ワンマン・ショー

タレントとは魔法使いだ、と言えば叱られるだろうか。

御岳山の噴火のニュースが新聞やテレビの特集に連日取り上げられている十月の初旬、信州の松本を訪れた。目的は噴火とは関係なく、取引先の祝賀会への参加である。全国に事業を展開しているその会社は、五年ごとに主立った販売先の経営者たちを招いて宴を催している。主立った、と言っても集まった人の数は優に四百を超すから大コンベンションで、その目玉として、往年の有名歌手を呼んでワンマン・ショーをするのが恒例となっていた。過去には「や……」や、「さ……」のこともあった。選ぶのは社長の専決だそうで、その時が来るまでほかの社員は全く知らず、こっそり聞き出そうとしても誰も答えられない。今度は誰だろうか。
「あの社長の趣味からすると、今回は……」
集まった人たちが小さな声で囁きあっている。

ざわめきを抑えるように、
「では、ただいまより歌謡ショーを開演いたします」
司会の女性の、雰囲気にはそぐわない固い案内で場内が静まりかえり、やがてスピーカーから歌声が流れた。一節だけ、でも聞き覚えのある声、数十年前の記憶が一気に蘇るメロディである。この曲は、たしか「魅……」。

舞台の上の丸く照らされたスポットライトの中に飛び込むように姿を見せたのは、想像した通り「ジ……」だった。昔と変りのない顔、スタイル。
「ええっ」  
会場がどよめいた。
「あら、拍手は無いの」  
光の中の女性歌手が観客を睨み付けるように見渡すと、我に返った会場から、初めはパラパラと、やがていっぱいに拍手が起こり、鳴り止まないうちに最初の歌が始まった。「魅……」ではないが、やはり昔他の歌手が歌ってかなり流行ったものである。歌い終わると、
「今更自己紹介でもないでしょうが、本物です」  
笑い声が会場に溢れた。それが収まると歌手はトークを始めた。昨日着いたが今日のステージまでは一切外出をしないよう社長からきつく足止めされたこと、そうは言われても気が詰まるので夜遅く変装して散歩に出たことなどを面白おかしく語る。観客の気を引き付け、呼吸を纏める話力はまだまだ衰えていないようである。
「オリジナルもあるんですが、それは後にして、最近カバー曲のアルバムを出したんです。その中から」  
そう言って数曲続けて歌った。聞いていて、これはあの歌手の曲、と分るものが殆どだが、違和感のないのはさすがまだ現役である。観客席は盛り上がり続け、私も一曲終わるごとに手が痛くなるほど拍手を繰り返した。痛さが増すほど、何やら体が軽くなっていく。

暫く聞いていて、不思議な感覚に包まれた。彼女は確か私と同い年か、いや幾つか年上の筈、だが今舞台の上にいる女性は、声も、体の線も、顔の肌艶も、昔人気が絶頂だった頃と殆ど変わりがなく、どう見ても三十代にしか見えない。よほど訓練や摂生に努めているのだろうか。声や体の線は鍛えていれば維持できるのかもしれないし、着るもので補正もできるだろう。だが顔に年を経た皺はなく、頬の張りも若さを保ち、何十年も前から時間の止まった世界に居たようである。鍛錬だけではどう考えても無理で、おそらくはそれなりの処置を施しているのだろう。美容医学とでも呼ぶのか、そういう技術があるのは聞いたことがある。それにしても大した成果だと感心させられた。そう言えば、と同じ恩恵に与っているであろう他のタレントたちの顔がいくつか浮かんだ。映画俳優の「よ……」、映画だけでなく歌手としても活躍した「か……」、そのほかにもあの人、この人。顔形を維持していることで、彼らは今回のような仕事を得ているのだろうが、そこまでやるものなのか、と呆れた。羨ましいような、悲しいような人種、今日は魔法使いのワンマン・ショーである。もし舞台に並べば、私は完全に彼女の親の世代にしか見えないだろうが、余計なことは考えないようにした。今、私の頭の中にある自画像は、彼女と完全に同じ世代に戻っている。魔法が私の体にも浸み込んできたようで、束の間の夢を見せてもらえるのがありがたい。そんな夢を見させるのが彼女たちの仕事なのだろう。屁理屈は抜きにして、ほどほどに若返りを楽しみ、ひと時を楽しむことにしよう。