エッセイ

耿さんの日々

祭りの後で

歩道にはあちらこちらに細かいごみが散らばり、場所取りのテープも中途半端に剥がされて街並みを薄汚く見せるのに一役買っていた。その上にこぼれたソースやたれが塗りたくられ、まるで歓楽街の裏道である。昨夜はここに屋台が並び、遅くまで酔ってふらつく人もいた。興奮の残照が昼間の太陽と馴染めず、商店街総出の掃除はなかなかはかどらない。「これも祭り風景」とは怠け者の言い訳で、早く綺麗にしなければ……頭では分かっていても体に残った疲れがブレーキをかけて面倒臭さを募らせる。

もっともそれは私だけかもしれない。逆光でシルエットしか見えないが向うの方でひたすら後片付けに励んでいる女性がいる。さっきから感心して見とれていると、視線に気付いたのかその人影がこちらに挨拶した。後ろを見てもそれらしい人は居ないから私にだろうと自信なく挨拶を返し、目を凝らしたが顔が見えない。近寄って、ようやく友人の娘さんだと分かった。会うのは何年振りだろうか。確か結婚して遠くにいる筈だが……。

「やあ」と手を振り、「お父さん、元気」と訊いた。そう言えば友人にも暫く会っていない。
「元気、元気。もう、何とかなりませんかと言うくらい」
吹き出しそうになるのを堪えて、
「遊びに来たの」
「いえ、実は旦那がお店継いでも良いって言ってくれたんで会社辞めて家族でこっちに引っ越してきたんです。今、専務してます」
「それは楽しみだ。中心街のお店、代替わりしないで閉めるところが多いから」
「ほんとはね……」と娘さんは続けた。
「やりたいのはお店よりも祭りなんですよ。呆れるくらい祭り好きでここのが気に入ったみたい。囃子が鳴り出すと仕事が手につかなくて」
 けらけらと、微笑ましさが溢れた。
「それは大切なことだよ。そうでなければ店主は務まらない」
「私もそう思います。でもねえ、何かっていうと飲み会に出かけるんです。体が心配で」

話をしていると遠くから覚えのある声が聞こえて来た。最近知り合った、頼りになりそうな今売り出し中の青年経営者である。イベントの実行委員長を引き受けてくれた。
「お掃除ご苦労さんです。夕方までには片付けたいんで、よろしくお願いします」
愛想を振りまきながら通り過ぎていく。娘さんに、
「将来の商店街の会長さんだよ」
紹介すると、娘さんは青年に駆け寄りその手に捉まって、
「旦那です」
驚いて声も出ず二人の顔を見比べた。
「旦那です」

自己紹介する青年につい笑い出したが、こんな素晴らしい後継者を得た友人に、正直、猛烈な妬みを覚えた。