エッセイ

耿さんの日々

雪の夜

カルチャー教室の遅い講座を終えて窓の外を見ると雪、それも強い風混じりである。こんな日は早く帰って寝るに限る、と支度をしていたら背中から声をかけられた。

「ねえねえねえ、カラオケ行かない」

見るとさっきまで一緒に講座を受けていたご婦人である。私よりも年上。カラオケが好きで、これまでも何度かスナックへ誘われて歌ったことはあるが、ここのところ擦れ違いが多く半年以上ご無沙汰になっていた。「新しいところ見つけたの。広くてものすごく音響が良いのよ」婦人は熱心に言い寄って来る。
「でも嵐だよ」
躊躇っていると、「だからカラオケって言ってるの。登山しようなんて言ってない」
「まあ行くとするか。でもたまにはモーテルへでも誘ってもらいたいね」
すると婦人はニヤッと笑って、「あら、モーテルでも良いのよ。カラオケのできるところあるから」
「だからカラオケでなくてさ」
「なに馬鹿言ってるの。お互いにもうそんな事の出来る年でもないのに」
「性を超越したお付き合いですか」

着いたホールには先客がいた。団体の予約らしく、ステージの上には衣装まで気を配った人が立ち、その前で沢山の人がダンスに興じ最高に盛り上がって喚声と拍手が足の踏み場もないくらい跳ねまわっていた。私たちも急いでリクエストを入れるとなんと八曲先、三十分程も待たなければならない。苦笑して婦人と顔を見合わせ、今度は婦人が入れた。すると十二曲も先、探しているうちに四曲も入った勘定である。
「まあ、仕方が無いね」

大人として、一応は理解を示したとしても順番が回ってくるのを待つのはとても苦痛である。飲み物やおつまみの無くなるのが早いこと、でもなかなか番が来ず、やっと歌い終わって次のを入れるとまた七曲先だった。一時間半ほども居たが歌ったのはどちらも二曲ずつだけ、婦人の二曲目が終わると完全にしらけていた。
「もう帰ろうか」
「そうね、吹雪だし」 

外に出ると天気はいっそう荒れて、風の音が耳元に吠えたてた。こんな天気を押してきたのに、残念である。
「もう一軒行こうか」ぼそっと言うと婦人は急に表情を明るくして、
「いいの?こんな天気なのに」
「だって消化不良でしょ」

早速携帯を知っている店に掛けて予約を取っている。雪は一層激しく、これでは五分も立って居られない。押し込むように車に乗り新しい店に移動した。そこは打って変わって他の客が居ず、選曲が間に合わないほどである。争うように歌いあい喉もいい加減疲れ、気分直しは予想外に盛り上がってその夜は久しぶりの午前様となった。