エッセイ

耿さんの日々

夕陽スポット

男鹿半島を南下してバスは秋田市に向かっていた。視察の予定をすべて終え、後は宿舎で夕食があるばかり。海岸沿いの長い直線道路は、それが設計の意図だったかと思わせるほど心地良く体を揺さぶり、一行の半分くらいはまどろんでいた。

ふと窓の外を見ると、水平線の上の空が薄赤く染まり、太陽がその中に浮かんでいた。
「夕焼けだ。素晴らしい眺めだ」
すると後ろの席から、
「雲がないと却って赤くならないんだね」
前と後ろで感想を言い合っていると、ガイドさんが、
「寄り道して見物しますか。近くに夕陽スポットがあるんです」
歓声が起こった。いつの間にか全員が目を覚まし、期待に瞳を輝かせている。

やがてバスは岸壁の方に曲がり、小さな公園に着いた。眺めの良さそうな高台がすぐ近くにあることにだれもが気付いた。既に何人かが場所を取っている。バスを降り、ぞろぞろと丘を上ると、初秋の風が柔らかく流れていた。

夕陽は、もう、いつ海に飛び込んでも良いくらいの高さにいた。
「こんなに雲の無い日本海って珍しいんじゃないかな」
誰かが蘊蓄を傾けようとすると、
「日没の瞬間に、ジュンって音がするから静かに」
他の人がかき回して笑いを誘う。

いよいよショーが始まった。時間にすればほんの一、二分だろうが、その間誰も声を出そうとしない。それぞれに、自分だけの世界にどっぷりと浸っている。太陽が完全に姿を隠したら拍手が鳴り、零れそうな笑顔をした人達は、またぞろぞろとバスへ戻り始めた。

「いやあ、感激」
お互いに頷き合っている。私も感激、夕陽にだけでなく、夕陽に感動する気持ちをまだ持ち続けている同行の人たちの若い感性にも感激した。