エッセイ

耿さんの日々

日独協会

日独協会の総会にご案内を頂いた。ドイツについての知識を深め交流しましょうという趣旨の会だそうで、私は会員ではないが会議後に「グリム童話」についての講演があると聞き、好奇心に惹かれて参加した。

「当時のドイツはナポレオンの占領下にありまして、グリム兄弟も決して裕福ではなかったようです。作品は初稿から六回も書き直されましてね、そこまでで作者が死んだのでそれが最終稿になりましたが、もし生きていればもっと書き直したでしょう」
そんな前置きが終わり、いよいよ個々の物語のエピソードとなった。まずは「白雪姫」。

「原作では、継母が最後には真っ赤に焼けた鉄の靴を履かされるという罰を受けているんですが、ディズニーがアニメ映画を作るにあたって、子供向けに残酷な部分が削除されてラブストーリーにしちゃったんです。それが、今皆さんが知っている話です」成る程と納得した。また、「赤ずきん」のくだりでは、「ここから作品の朗読をします。もちろん日本語訳ですが、かなり原作に忠実です」

大学の文学部教授という厳めしい肩書の講師が、ある時は狼に、また幼い少女になり声色も使って読み進める。忍び笑いが聴衆から漏れ、話の後、同席されていた奥様が、「主人は、本当は声優になりたかったらしいです」と秘密を明かすと、爆笑が沸き起こった。

講演のあとは、ドイツワインの試飲会となった。「特別に取り寄せたもので、保存料は一切入っていません」調達に当たった会員の方がドイツの地図を広げながら、これはこの地方のもの、こちらはそこからずっと西の村、などと細かく自慢を交えて説明をする。ところが私はそれらには口をつけられず、ただお茶を飲みながら聞いているだけ、実は先日ドクターストップがかかったのである。一口位なら構わないとは思うのだが、それだけではすまないのが自分で分かっているから関所を踏み越えられない。途中で自己紹介が始まって私の番が回って来たときにそう言うと、座の中から同情の声が起こった。だが誰も、「香りを嗅ぐか舐めるだけなら」とは言わない。なにしろ、中にお医者様や医療関係の人がいる。だから私も踏みとどまることができたが、もし一言でも勧められたら、どうなるものやら自信が持てなかった。

話は弾み、飲んでいない私もテンションが上がって、「いつかライン川を下って城めぐりをし、現地のワインを思う存分飲んでみたい」と、とうとう叫び出した。我慢が限界に達し、もはや発狂である。

普段聞かない話や、新しい人との出会いは精神のリニューアルには持って来いなのだろう。おかげで新しい世界が見えてきた。暫くは節制を心掛け、体調を回復できたらもう一度この席に出たい。丸いボトルのワインが妙に糸を引き、今夜は夢に見るかも知れなくて憂鬱である。苦しい試練の時間となってしまった。これも人生か。